大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和58年(ワ)11348号 判決 1987年1月30日

原告 牧野四子吉

右訴訟代理人弁護士 浜口武人

同 渡部照子

右訴訟復代理人弁護士 青木和子

被告 株式会社北隆館

右代表者代表取締役 福田元次郎

右訴訟代理人弁護士 草葉隆義

同 村上直

主文

一  被告は、別紙図書目録記載の各図書を出版してはならない。

二  被告は、原告に対して別紙著作物目録記載の各画に係る原画を引き渡せ。

三  被告は、原告に対して、金五〇〇万円及びこれに対する昭和五八年一二月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

五  この判決は主文第三項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた判決

一  請求の趣旨

主文と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、日本画家であり、被告は、書籍、雑誌、新聞の出版等の業を目的とする会社である。

2  原告は、昭和三二年までに、別紙著作物目録記載の各画(以下、「本件各著作物」という。)を著作し、その著作権を取得した。

原告が、本件各著作物を著作するに至った経緯は、次のとおりである。

即ち、原告と被告との間において、昭和三二年ころ、

(一) 原告が作製する原画の所有権は原告にある。

(二) 被告は出版権を有する。

(三) 被告は、印刷、出版の後各原画を原告に返還することを原則とする。

但し、被告が責任をもってこれを保管することを通例とする。

(四) 被告が右原画を他に使用する場合には、事前に原告の承諾を得て妥当な掲載料を支払う。

との内容を確認したうえで、原告が被告に対して、出版権を設定する旨の契約を締結した。

原告は、右出版権設定契約の趣旨に沿って、本件各著作物を著作し、その原画を被告に引渡し、現に被告が占有している。

3  被告は、昭和三二年一二月五日、本件各著作物を複製して、別紙図書目録記載の各図書(以下、「本件各図書」という。)の初版を製作し、発行した。

4  ところで、右出版権設定契約は、設定のときから満三年の経過により消滅した。

5  しかるに、被告は、右契約消滅後、本件各図書につき、第二巻については第一二版まで、第一、第三、第四巻については第一三版まで、出版、販売をした。

6  被告の右行為は、原告の有する本件著作権を侵害するものである。

7  被告は、右行為が本件各著作物に関して原告の有する本件著作権を侵害するものであることを知り、または過失により知らないで、右行為をしたものであるから、これによって原告が被った損害を賠償すべき義務がある。

8  原告は、被告の右侵害行為によって、次のとおりの損害を被った。

即ち本件各著作物の一点あたりの使用料は、着色図につき一一二五円、白黒線画については三〇〇円が相当である(右は、初版時、着色図一点一五〇〇円、白黒線画一点四〇〇円の使用料に、再版使用であること及びその後の値上りを考慮して算出したものである。)。

(一) 本件各図書の第一巻については、着色図三二〇点が使用されているので、

一一二五円 三二〇点 一二版 四三二万〇〇〇〇円

(二) 本件各図書の第二巻については、着色図三五九点が使用されているので、

一一二五円 三五九点 一一版 四四四万二六二五円

(三) 本件各図書の第三巻については、着色図一〇七点、白黒線画一一四点が使用されているので、

一一二五円 一〇七点 一二版 一四四万四五〇〇円

三〇〇円 一四四点 一二版 四一万〇四〇〇円

(四) 本件各図書の第四巻については、白黒線画二〇八点が使用されているので、

三〇〇円 二〇八点 一二版 七四万八八〇〇円

以上合計 一一三六万六三二五円

9  よって原告は被告に対して、

(一) 本件各著作物の著作権に基づき、本件各図書の出版行為の差止、

(二) 本件各著作物に係る原画の所有権に基づき、原画の引渡、

(三) 及び前記損害金一一三六万六三二五円の内金五〇〇万円並びにこれに対する不法行為の後の日である昭和五八年一二月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1、3の事実は認める。

2  同2の事実中、原告が本件各著作物を著作したこと、原、被告間で、(一)ないし(四)記載の内容で合意したことは認めるが、両者間で出版権設定契約を締結したとの点は否認する。

3  その余の請求原因事実はいずれも否認する。

原、被告間においてなされた合意は、出版権の設定を目的としたものではなく、著作権の譲渡を目的としたものと解するべきである。

即ち、原、被告間で交わされた覚書第一項において、原画の所有権は原告に帰属する旨が記載され、著作権の帰属については何ら触れられていないが、この趣旨は、当事者間の意思としては、著作権は譲渡されているという前提であるので、原画の所有権についてのみ触れたものである、とみるのが素直な解釈である。また、画料である着色図一点につき一五〇〇円、白黒線画一点につき四〇〇円という金額は、当時の物価水準を考慮すると、著作権の買取の対価と解するのが相当である。

三  被告の反論

1  (出版権の消滅の主張について)

原、被告間の合意は、著作権の譲渡であって、出版権の設定ではないが、仮に、出版権の設定の趣旨であったとしても、本件各著作物に係る出版権は、次の事実により消滅していない。

即ち、本件各著作物は、図鑑の挿絵であって、本文(解説文)に付随する程度のものであるといえるところ、その出版権の存続期間については、本文に係る出版権の存続期間に準ずるというのが、当事者の合意であったと考えるのが相当である。ところで、本文に係る出版権の存続期間は、本文の著作権の存続期間と同一であると、その当事者間で約束されているので、本件各著作物に係る出版権も消滅していないものとみるのが妥当である。

2  (原画の引渡請求について)

前記主張のとおり、本件契約は著作権の譲渡の合意であるが、仮に本件契約が出版権設定契約であるとしても、本件著作物に係る出版権は、現に存続しているというべきであるところ、右出版権が存続している限りは、原告の原画に基づく返還請求は許されないものというべきである。

即ち、出版社による原画の保管は、再版の際これを使用することを目的とするものであり、著作者もこれを予定して預けており、原、被告間には、出版権が存続する限り、これを返還しない旨の合意があるから、原告はその返還を求めることはできない。

3  (損害賠償の請求について)

(一) 原、被告間の前記覚書には、請求原因2(一)ないし(四)の内容に続いて、被告は、原告に対して、原画の作製のために消費された時間を金銭に換算した料金及び作製のための資料収集に要する交通費、宿泊費等を支払う旨が記載されていた。したがって、当事者の趣旨としては、右以外の画料は請求しないという合意があったというべきである。

(二) また、右覚書には、原画を他の出版物に転載使用する場合は、妥当な掲載料を支払う旨が記載されていた。したがって、本件各著作物を再版に使用する本件のような場合には、出版物の転載使用には当たらない旨の合意があったとみるべきであるから、使用料を支払う必要はない。

4  (取得時効の主張)

被告は、本件原画の所有権及び著作権につき、一〇年以上所有の意思をもって平穏かつ公然に占有し、その占有開始のとき善意にして過失がなかったので、本件原画の所有権ないし著作権を時効によって取得した。また善意無過失でなくとも、占有開始のときから、既に二〇年以上を経過しているので、時効により取得した。

被告は、所有権ないし著作権の取得時効を援用する。

四  被告の反論に対する認否

被告が反論において主張する事実は、いずれも否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求の原因1及び3の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、本件各著作物を著作するに至った経緯、原、被告間でなされた本件各著作物に関する合意等の事実関係について検討することにする。

《証拠省略》を総合すれば、次のとおりの事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

1  (原告が本件各著作物を著作するに至った経緯)

原告は、日本画家であって、昭和四年以来、京都大学において、生物画を中心とする理科学関係の画を描いてきた者で、岩波書店発行の広辞苑、あかね書房発行のファーブル昆虫記その他講談社や小学館の科学関係の各図鑑の各挿絵を描く等多くの画業で知られている。すでに、昭和二四年ころには、日本でも有数な生物学関係の画家の一人となり、宮内庁からも、天皇陛下の採集された貝類の図鑑刊行が企画された際、依頼を受けたこともあった。

しかして、原告は、昭和二四年ころ、本件各図書である原色動物大図鑑の動物の図について、被告から依頼を受けて、執筆を開始することになった。ところでその第一巻は、脊椎動物に関する図鑑、第二巻は、脊椎動物及び原索動物に関する図鑑、第三巻は、棘皮動物、毛顎動物、前肛動物、軟体動物に関する図鑑、第四巻は、節足動物その他の動物に関する図鑑である。本件各図書は、後に、被告の代表的な刊行物となった。

原告は、執筆に取り掛かったが、その基本的態度は、本件各図書が専門的な図書であることから、正確を旨とし、実物の克明、詳細な描写を原則としている。例えば、鳥類については、内外の鳥類を剥製で保存してある山階鳥類研究所へ赴き、鳥類の標本を得、魚類については、築地の魚市場で対象となる魚を入手し、その他、両生類については、広島大学を訪ねて、標本を観察するなどして、写生して原画を作製した。また、生態の観察をするために、自宅において、実際に飼育しながら描写したものもあり、鰭の数や鱗の数に至るまで、正確に描写しているものもある。

全部で一〇〇〇点を超える本件各著作物は、原告が京都大学で約二〇年間重ねてきた生態学の基礎的な研究を踏まえ、約六年の歳月を費やした結果完成したものである。

2  (原、被告間の契約成立の経緯)

当初、原、被告間の本件各著作物に関する合意は、口頭で行われた。しかしながら、昭和三三年ころ、原告は、理科美術協会を組織して、画家の著作権の確立のために尽力していたが、その一環として、合意の内容を出版社との間で明確にするため、書面化しておく必要があると考えて、被告に対して、覚書を取り交わすことを申し出て、原案を提示したところ、ほぼそのとおり了承され、被告において合意内容を印刷して、本件の覚書を作成した。

しかして、右覚書には、原画の所有権は原告に、出版権は被告にそれぞれ属すること、被告は原画を原告に返還することを原則とするが、通例は、被告がこれを保管すること、被告が原画を他の出版物に使用する場合は事前に原告の諒解を得て、妥当な掲載料を支払うこと及び被告は原告に対して、原画の作製のために消費された時間を金銭に換算した料金や作製のための資料収集に要する交通費、宿泊費等を支払うこととの趣旨が記載されている。

3  (画料に関する合意成立の経緯)

被告は、原告に対して、画料として、着色図については、原画作製のために消費された時間を金銭に換算した料金及び作製のための資料収集に要する交通費、宿泊費等の合計金額を、白黒線画については、一点あたり四〇〇円を、それぞれ支払う旨が合意されたが、前者について、実際には、一点あたり、概ね一五〇〇円程度であった。

三  右認定事実に照らして、本件各著作物に関する原告と被告との合意が、出版権設定の趣旨であったか、著作権譲渡の趣旨であったかを検討する。

一般に、著作権の譲渡であるか、出版権設定ないし出版許諾であるか、明らかでないときは、当事者の意思としては後者の趣旨で合意がなされたものと考えるのが相当である。

のみならず、前記覚書の内容を子細にみてみると、出版権は被告に帰属する旨、また、被告が原画を他に使用する場合には、事前に原告の諒承を得て、妥当な掲載料を支払う旨の各記載があり、右の各記載は、著作権を譲渡して被告がこれを有するものと考えた場合とは明らかに矛盾する。

さらに、着色図につき一点当たり概ね一五〇〇円、白黒線画につき一点当たり四〇〇円の画料の取り決めは、当時の物価水準を考慮にいれると、決して低額とはいえないが、前示のとおり、本件各図書は専門的な立場から書かれた図鑑であり、原告は、当時既に、科学関係の図書の挿絵の分野では、第一人者としての評価が定着していたという状況や、本件各著作物が、六年もの歳月と、多大の労力を掛けて、完成されたものであることに鑑みるならば、右金額の合意は、著作権の譲渡の対価とみるよりは、出版権設定の対価とみるほうが、自然であるといえる。

以上の各点に照らすならば、原、被告間の本件各著作物に関する合意は、出版権設定の趣旨であったと認定することができる。

ところで、被告代表者は、右覚書は、将来の指針を示したものであって、本件各図書に関しては適用されない旨供述する。しかしながら、本件各図書は、原告、被告の双方にとって、他書とは異なった重要な刊行物であったことから考えて、仮に本件各図書を覚書の適用から除外するのが、当事者の意思であるとすれば、その旨覚書の中において触れておくのが常識的であるが、そのような断りは一切なく、また前記のとおり、本件覚書作成の動機が、権利関係の明確化のためであること等からすると、右被告代表者の供述は採用できない。

また、被告代表者は、前記覚書に所有権の帰属についてのみが記載され、著作権の帰属には何ら触れられていないのは、著作権は譲渡されたことが当事者間の前提であったからである旨供述する。しかしながら、このように認定することができないのは、前示のとおり、覚書のなかにおいて、著作権の譲渡とは相容れない出版権について記載されていることから明白である。したがって、被告代表者の右供述は採り得ない。

なお、《証拠省略》によれば、小学館と原告が主宰する日本理科美術協会との間の覚書には、著作権の買取りの趣旨を含む条項があるが、第三者との間でこのような覚書があっても、本件各著作物に関する合意も同様であったと認定することはできないのは当然である。

もっとも、原告本人は、当初、本件各著作物に関して買取りの合意を否定しながら、後に、買取りの合意があったかのようにとれる供述をしているが、原告本人は、八四歳の高齢であって、特に本人尋問の後半では、尋問当初の明断さを失い、前後矛盾する部分も目立つので、右の供述から、直ちに本件各著作物に関して譲渡の合意があったと認定することはできない。

四  そこで被告の反論1及び2についてみるに、被告が同反論の前提として主張する出版権の存続期間について特段の合意があったとの点は、本件全証拠によってもその存在は認められず、したがって、他の点を判断するまでもなく、被告のそれら反論は理由がない。

確かに、《証拠省略》によれば、「本契約の有効期間は本著作権の有効期間と同じとする」との記載があることが認められ、これに反する証拠はないが、右契約書は、本文の執筆者と出版社である被告との間のものであり、原告は関与していないのみならず、その契約の存在すら知らなかったこと(右事実は、原告本人尋問の結果により認められる。)に照らすならば、これを本件各著作物に関する前記出版権設定契約の存続期間についての約定とみることはできない。

したがって、本件各著作物に関する出版権は、設定のときから三年を経過することによって昭和三五年ころには消滅した(明治三二年法律第三九号著作権法第二八条の四)ものというべきである。

五  次に、原告の被った損害について、検討する。

被告代表者尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、被告は、出版権の存続期間が経過した後、本件各図書の第一巻については少なくとも第一〇版を、第二巻については少なくとも第一一版を、第三巻については少なくとも第六版を、第四巻については少なくとも第一〇版を重ねていること、右出版行為が本件各著作物について有する原告の本件著作権を侵害したことにつき少なくとも過失があったことが認められ、そうすると、被告は、右行為によって原告が被った損害を賠償する義務があるものといえる。

前示のとおり、当初の画料は、着色図一点につき約一五〇〇円、白黒画一点につき四〇〇円であること、本件各図書の販売価格は、当初、一巻につき五〇〇〇円であったが、最新版の販売価格は、一巻につき一万五〇〇〇円となっていること、昭和三二年当時と現在の物価水準の差は小さくないこと、本件各図書の使用料は再販の際の著作権使用料であること等を考慮すると、一点当りの使用料は、当初の合意の約二分の一の金額、即ち、着色図につき七〇〇円、白黒線画につき二〇〇円を下回るものではないと解せられる。

したがって、本件各図書の使用料相当額は、次のとおりとなる。

第一巻につき

七〇〇円 三二〇点 一〇版 二二四万〇〇〇〇円

第二巻につき

七〇〇円 三五九点 一一版 二七六万四三〇〇円

第三巻につき

七〇〇円 一〇七点 六版  四四万九四〇〇円

二〇〇円 一一四点 六版  一三万六八〇〇円

第四巻につき

二〇〇円 二〇八点 一〇版  四一万六〇〇〇円

以上合計 六〇〇万六五〇〇円

よって原告の被った損害は、六〇〇万六五〇〇円を下回らないものということができるから、被告は原告に対して、請求額である金五〇〇万円を支払う義務があることとなる。

六  そこで被告の反論3(一)及び(二)についてみるに前示甲第一号証によれば前記覚書に、原画作製のために要した交通費、宿泊費等を支払う旨が記載されていたこと、及び原画を他の出版物に転載使用する場合は、妥当な掲載料を支払う旨が記載されていることは認められるが、同記載のあることをもって、原画の再使用料を支払わない旨の合意があったとは到底推認することはできず、この点を前提とする両反論は他を判断するまでもなく理由がない。

七  さらに被告は、反論4において、本件原画の所有権及び著作権につき、一〇年ないし二〇年の取得時効を主張するが、前示のとおり、被告は、自己の為にする意思をもって占有を開始したものではないから、右被告の主張は失当である。

八  以上のとおりであるから、原告は被告に対して、

1  本件各著作物の著作権に基づき、本件各図書の出版行為の差止を求める権利

2  本件各著作物に係る原画の所有権に基づき、原画の引渡を求める権利

3  損害賠償として、金五〇〇万円及びこれに対する不法行為の後の日である昭和五八年一二月一五日から支払済みまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める権利をいずれも有し、原告の本訴請求はいずれも理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 元木伸 裁判官 飯村敏明 富岡英次)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例